2012年5月1日火曜日

EXILEの偽チケットと刑法


EXILEの偽チケット200枚出回る

西武ドーム(埼玉県所沢市)で4月29日に開かれた人気グループ「EXILE(エグザイル)」のコンサートで、偽造されたチケットが約200枚出回り、購入者が入場できなかったことが1日、チケット販売会社「ローソンHMVエンタテイメント」(東京)への取材で分かった。同社は警視庁に被害を相談している。
同社によると、偽造チケットが見つかったのは指定席券(9500円)と立ち見席券(8500円)。正規のチケットをスキャナーで取り込み、パソコンで席の番号を変えて印刷したとみられる。正規のものとは紙の質感などが違っていた。
チケットは会員制交流サイトで販売され、4月中旬に購入者から「チケットを買ったが、偽造かもしれない」と相談があり、発覚した。
EXILEは西武ドームで4月27~29日の3日間コンサートを開催したが、29日以外の日程では偽造チケットは見つかっていない。
[2012年5月1日12時28分]日刊スポーツ.com


詐欺罪の成否

まず、偽造チケットを本物のチケットであるかのように装って販売して、お金をだまし取ったのですから、詐欺罪が成立しますね。

刑法246条1項:人を欺いて財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する。

「人を欺いて財物を交付させ」る行為をしたら
刑法246条1項の構成要件に該当するわけですね。

法律家の方々は、もう少し分析的に、
欺罔行為→相手方の錯誤→処分行為→財物の移転という一連の行為が
相当な因果関係の範囲内にあるときに、詐欺罪が成立すると考えます。

欺罔行為というのは、人を錯誤に陥らせる行為のことをいいます。
これによって相手方の錯誤(勘違い)を誘い、財産を処分させるに至って初めて詐欺罪が成立するというわけです。財産処分に向けられた欺罔行為でなければ詐欺罪は成立しないといわれます。
「あれっ、あっちの方で火事みたいだよ」と欺してその隙に他人の持ち物をかすめ取っても、それは詐欺罪ではなく窃盗罪の問題になります。

この事件では、会員制交流サイトでエグザイルのコンサートチケットを買うつもりのファンを欺いて、結果として、ファンは本物のチケットだと信じてお金を払ったのですから、相手方の錯誤、処分行為も問題ありません。そして、ファンの懐から容疑者の懐にお金は移動していますから、財物の移転も認められます。この流れは常識的に見ておかしいところはないよねってことで、相当因果関係の範囲内であるといえるでしょう。よって、詐欺罪の構成要件をみたし、その他違法性阻却事由や責任の問題もなさそうですから、詐欺罪は成立します。

偽造罪の成否

次に、偽造罪の成否を考えなくてはなりません。

偽造罪にもいろいろあります。通貨偽造、公文書偽造、私文書偽造、有価証券偽造…
エグザイルのコンサートチケットを偽造したという場合、成立が考えられるのは、

刑法159条1項:私文書偽造罪(3月以上5年以下の懲役)
刑法162条1項:有価証券偽造罪(3月以上10年以下の懲役)

のいずれかだと思われます。

では、エグザイルのコンサートチケットは有価証券でしょうか?

有価証券とは、
財産権を表章した証券であって、その表示された権利の行使または処分のために、その証券の占有を必要とするものである(最高裁昭和32年7月25日)、とされています。最高裁がこのように定義しているわけです。

表章とは?……(権利が)載っかっているくらいの意味でとらえておいてよろしいかと思います。

国債や株券、手形・小切手などは問題なく有価証券にあたります。
宝くじや馬券・車券、クーポン券・商品券なども有価証券にあたると理解されています。
これに対して、
契約証や郵便貯金通帳、無記名定期預金証書、郵便切手、収入印紙、ゴルフクラブ入会保証金預託書などは、有価証券にはあたらないとされています。

線引きは難しいですね。

テレホンカードは有価証券かどうかについて学説上、厳しい対立がありました。学者さん同士でもどっちか決着がつかなかったわけです。テレホンカードは電話をかける権利が載っかっていて、電話をかけるためにそのテレホンカードを占有していなければならないのですから、有価証券といってもよさそうです。
有価証券にあたらないとされた契約証や通帳などは、自分が権利者であるという証拠に過ぎないということから、すなわち、契約証や通帳をなくしても(占有していなくても)権利を行使することができる場合がある点で、有価証券の定義から外れるのでしょう。もっとも、切手や収入印紙は微妙だと思いますが…

コンサートのチケット…あぁ、微妙ですね。
長期で10年になるか、5年になるか、こんな微妙な基準で決まってしまうのですね。

参考になる地裁の裁判例があります。最近の判決です。

東京地裁平成22年8月25日

《事実の概要》
本判決が認定した事実は以下の通りである。
被告人は、行使の目的で、ほしいままに、平成21年11月4日ころ、自宅において、印刷業を営む情を知らないAに作成させた「劇場盤握手券」と題する書面10枚の裏面に、製印業を営む情を知らないBに作成させた「C」と刻したゴム印を押印するなどし、さらに、同月7日ころ、自宅において、前記Aに作成させた「劇場盤握手券」と題する書面5枚の裏面に、前記Bに作成させた「D」と刻したゴム印を押印するなどし、E株式会社発行のアイドルグループ「F」のメンバーCと握手する権利が表章された劇場盤握手券10枚及び前記「F」のメンバーDと握手する権利が表章された劇場盤握手券5枚(以下、「本件各握手券」という)をそれぞれ偽造した上、同月10日、歩道上において、Gに対し、これらを偽造である旨を告げて交付した
《判決要旨》
被告人及び弁護人は、本件各握手券には財産上の権利が表章されているとはいえないから、刑法上の「有価証券」に当たらず、有価証券偽造罪及び偽造有価証券交付罪は成立しないとして、被告人は無罪である旨主張したが、東京地裁は、上記事実関係の下、次の通り判示して、被告人に両罪の成立を認めた(確定) 。



読売新聞 2010年8月26日(木)によると、
アイドルグループ「F」とは「AKB48」のことらしいですね。

「AKB」握手券偽造 無職男に有罪判決
人気女性アイドルグループ「AKB48」のメンバーとの握手券を偽造するなどしたとして、有価証券偽造・同交付罪に問われた被告の判決が25日、東京地裁であり、近道暁郎裁判官は懲役1年6月、執行猶予3年(求刑・懲役1年6月)を言い渡した。
弁護側は「握手券はCDの付録で金銭的な価値はなく、有価証券にあたらない」などと無罪を主張したが、判決は「券にはメンバー1人と握手できる権利が表示され、インターネットのオークションで売買されるなど財産的な価値があることは明らかだ」として退けた。

あれっ、この論理なら、ゴルフクラブ入会保証金預託書は有価証券にあたるんじゃないでしょうかね。弁護側としては、表章する権利の点ではなく、ゴルフクラブ入会保証金預託書が有価証券でないのに、握手券が有価証券なのかと主張を組み立てるべきだったと思いますが…この地裁の判決が確定したようです。よって、最高裁判事が「AKB48」の名前を読み上げる機会は逃されてしまいました。

この地裁判決の論理なら、エグザイルのコンサートチケットは間違いなく有価証券ということになるのでしょうね。そして、偽造した有価証券を真正なものとして使用してますから、行使罪(刑法163条1項)にもあたります。有価証券偽造罪と同行使罪は牽連犯の関係に立つとされています。

牽連犯とは?
刑法54条1項の後段に定められる罪数の処理法です。

刑法54条1項:一個の行為が二個以上の罪名に触れ、又は犯罪の手段若しくは結果である行為が他の罪名に触れるときは、その最も重い刑により処断する。

目的→手段、原因→結果のような関係にある2つの行為を、重い刑の処断刑によって一括処理するということですね。偽造は行使の手段というわけで、二つの罪は牽連関係にあるということで、法定刑が重い有価証券偽造の罪で一括処理されます。

さて、最初に戻って、この事件では詐欺罪も成立していました。
一括処理された偽造罪グループと、上記の詐欺罪の関係はどうなるのでしょうか?

判例によると、偽造罪グループと詐欺罪の関係は、目的→手段の関係にあるということで、牽連犯として処断されます(大審院大正3年10月19日)。ということは、最も法定刑の重たい詐欺罪によって処断されるというわけです。

より詳しく理論を知りたいという方は…

[文献] 三上正隆「アイドルグループのメンバーと握手する権利が表章された握手券が
    刑法上の「有価証券」に当たるとされた事例東京地裁H22.8.25 刑事法ジャーナル28号

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